新型コロナウイルス感染症とがん診療について:医療従事者向け Q&A【2】|学会概要|日本癌学会

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新型コロナウイルス感染症とがん診療について:医療従事者向け Q&A【2】

最終更新日:2023年4月3日 

新型コロナウイルス感染症とがん診療について:医療従事者向け Q&A【1】
新型コロナウイルス感染症とがん診療について:医療従事者向け Q&A【2】
新型コロナウイルス感染症とがん診療について:医療従事者向け Q&A【3】
新型コロナウイルス感染症とがん診療について:医療従事者向け Q&A【4】

6.薬物治療 ●細胞傷害性抗腫瘍薬
 

細胞傷害性抗腫瘍薬は好中球減少による液性免疫不全を引き起こします。また、併用する薬剤によって、さらに細胞性免疫の低下を引き起こしえます1)
薬物療法と関連した悪性腫瘍患者におけるCOVID-19の報告では、当初細胞障害性抗腫瘍薬剤と重症化の関連について、14日から1か月以内の治療歴が重症化リスクの可能性があると報告されていました2)3)
しかし、現在はリスク上昇するという意見、リスク上昇しないと意見に分かれています4)5)
一方で、年齢や多くの基礎疾患が重症化因子であると報告されており6)7)、個々の症例毎に適応を判断する必要があります。

推奨:
※各がん治療ガイドラインを踏まえた上で考慮する。
※各施設において多職種チームによる治療の検討を推奨する。

1)根治的治療における治療計画や支持療法は遵守すべきでしょうか?

● 根治を目的とした化学放射線治療において、化学療法の投与スケジュールは可能な限り遵守して行うことが推奨されます。
● 根治を目的とした化学療法の投与スケジュールは可能な限り遵守して行うことが推奨されます。発熱性好中球減少症のリスクに応じて、予防的なG-CSF製剤の投与や抗菌薬投与も検討します。
● 術前/術後に行う化学療法、または導入化学療法では、治療による全生存期間延長/無再発生存期間延長/機能・臓器温存を含めたメリットとデメリットを検討した上で行うことを考慮します。必要に応じて予防的なG-CSF製剤の投与や抗菌薬投与も検討します。
- 術後補助化学療法において再発低リスクの場合は、感染蔓延期における治療開始時期の延期や免疫抑制の少ないレジメンを考慮します。

2)緩和的化学療法における投与計画はどうすべきでしょうか?

● 緩和的化学療法をすでに行なっている患者で、化学療法を中断することは推奨されません。
● 緩和的化学療法を開始する場合は、メリットと免疫抑制のリスク、地域の流行状況や生活の対応、そして薬剤性肺炎を含めた副作用発症時の自施設の対応を考慮した上でレジメンを決定することを推奨されます。内服薬を含むレジメンや、受診回数が少ないレジメンも考慮します。
● 状態が安定している場合には化学療法の間隔延長を考慮する。さらに長期的に寛解が維持できている場合には、一時的な中止も検討します。

1) ESCMID Study Group for Infections in Compromised Hosts (ESGICH) Consensus Document on the safety of targeted and biological therapies: an infectious diseases perspective. Clin Microbiol Infect. 24 Suppl 2,2018.
2) Liang W, et al. Cancer patients in SARS-CoV-2 infection: a nationwide analysis in China. Lancet Oncol.21,335-337, 2020.
3) Zhang L, et al. Clinical characteristics of COVID-19-infected cancer patients: a retrospective case study in three hospitals within Wuhan, China. Ann Oncol. 2020;31(7):894-901.
4) Jee J, Foote MB, Lumish M, et al. Chemotherapy and COVID-19 Outcomes in Patients With Cancer. J Clin Oncol. 2020;38(30):3538-3546.
5) Brar G, Pinheiro LC, Shusterman M, et al. COVID-19 Severity and Outcomes in Patients With Cancer: A Matched Cohort Study. J Clin Oncol. 2020;38(33):3914-3924.
6) Williamson EJ, Walker AJ, Bhaskaran K, et al. Factors associated with COVID-19-related death using OpenSAFELY. Nature. 2020;584(7821):430-436.
7) Jin J, Agarwala N, Kundu P, et al. Individual and community-level risk for COVID-19 mortality in the United States [published online ahead of print, 2020 Dec 11]. Nat Med. 2020;10.1038/s41591-020-01191-8.

6.薬物治療 ●分子標的薬

1)COVID-19流行時、分子標的治療薬による薬物療法は行うべきでしょうか?

がん種および治療薬の種類によって異なりますが、COVID-19流行時の分子標的治療薬による直接的なリスク上昇に関するデータはなく、特にドライバー遺伝子変異を標的とした分子標的治療の場合は行うべきと考えられます。分子標的治療薬の可否に当たっては、有益性と不利益を個別に判断すべきです。
[解説]
COVID-19と分子標的治療のリスクに関するエビデンスは十分ではなく、国内外のほとんどの学会でもCOVID-19流行下における分子標的治療全般に関するコンセンサスは出されていません1) 2)
しかし、COVID-19に対し分子標的治療薬による直接的なデメリットを示す明確なデータはなく、必要性に応じて適切に治療検討をすべきと考えます。
CDK阻害薬や細胞傷害性抗がん剤併用時の血管新生阻害薬など一部の薬剤を除き3) 4)、一般的に分子標的治療薬の骨髄抑制はほとんどないか軽度に留まることが多いとされています。
このため、理論上COVID-19の感染リスク上昇にはつながる可能性は低いと想定されます。
一方で特にドライバー遺伝子変異を標的とした分子標的治療薬の多くは、強力な抗腫瘍効果を持つものが多く、治療中止による不利益は大きいと判断されます。
例えば、肺がんにおける各種ドライバー変異阻害薬、HER2陽性乳がんにおける抗HER2療法、BRAF遺伝子変異陽性悪性黒色腫に対するMEK阻害薬+BRAF阻害薬併用療法などの分子標的治療薬については、疾患の緊急度合いなどにもよりますが積極的に検討すべきと考えられます。
また、興味深いことにいくつかの分子標的治療薬はCOVID-19の治療に応用できないかと検討されているものもあります5) 6)
COVID-19流行時における分子標的治療薬投与の問題点として以下の2点が想定されます。
(1)薬剤性肺障害発症時にCOVID-19との鑑別が困難であること7)
(2)一部の分子標的治療薬による潜在的な易感染性
COVID-19肺炎のCT所見は、索状影・網状影を伴う下肺野末梢優位の斑状すりガラス陰影が特徴的6)とされますが、薬剤性肺障害でもしばしばすりガラス陰影を呈するため、両者の鑑別が困難となる可能性があります。
特に日本人は薬剤性肺障害の発症リスクが高く、COVID-19流行時における両者の鑑別は大きな問題となります。
分子標的治療薬の多くは開始後早期に肺障害を生じるため5)、病状から判断し治療開始を急がない症例については、治療開始の延期についての検討も必要となります。
また、分子標的治療によりCOVID-19の感染リスクを上昇させるというデータはありませんが、一部の分子標的薬(mTOR阻害薬、JAK2/3阻害薬、BTK阻害薬など)では一般的な感染を助長する可能性があるため、使用にあたってCOVID-19流行時には注意が必要です9)
実際の診療では、主治医が分子標的治療薬の有益性と不利益を個別に判断することになります。
また、来院によるSARS-CoV-2感染リスクも考慮し、病状の落ち着いている患者には受診間隔の延期も検討すべきです。

1) https://www.esmo.org/guidelines/cancer-patient-management-during-the-covid-19-pandemic/lung-cancer-in-the-covid-19-era
2)
https://www.asco.org/sites/new-www.asco.org/files/content-files/2020-ASCO-Guide-Cancer-COVID19.pdf
3) Cristofanilli M, et al. Lancet Oncol. 2016 Apr;17(4):425-439.
4) Yoh K, et al. Lung Cancer. 2016 Sep;99:186-93.
5) Zhou Y, Hou Y, Shen J, Huang Y, Martin W, Cheng F. Network-based drug repurposing for novel coronavirus 2019-nCoV/SARS-CoV-2. Cell Discov. 6, 14 (2020).
6) ClinicalTrials.gov. Bevacizumab in severe or critical patients with COVID-19 pneumonia. (2020). https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04305106
7) http://www.radiology.jp/member_info/news_member/20200221_01.html
8) Kudoh S, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2008 Jun 15;177(12):1348-57.
9) Reinwald M, et al. Risk of Infectious Complications in Hemato-Oncological Patients Treated with Kinase Inhibitors. Biomark Insights. 2016 Apr 21;10(Suppl 3):55-68.

6.薬物治療 ●免疫チェックポイント阻害薬

1)COVID-19流行時、免疫チェックポイント阻害薬による薬物療法は行うべきでしょうか?

積極的に免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の中止を推奨する根拠はありません。実際の治療の可否に際しては、有益性と不利益を個別に判断すべきです。
[解説]
抗PD-1/PD-L1抗体あるいは抗CTLA-4抗体などの免疫チェックポイント阻害薬とCOVID-19とのリスクの関連性は明らかではありません1) 2) 。ICIによる長期奏効の可能性を考慮すると、現時点で積極的にICI中止を推奨する根拠はありません。 しかし、COVID-19流行時におけるICI投与の潜在的なリスクとして、サイトカイン放出症候群および薬剤性肺障害の合併に留意する必要があります。COVID-19重症化メカニズムのひとつとしてサイトカイン放出症候群3)が挙げられますが、ICIも免疫系を賦活化しサイトカイン放出症候群を生じる可能性があります4)。すなわち理論上ではありますが、ICI投与中の患者がCOVID-19を発症するとサイトカインストームを介し通常よりも重症化する可能性が否定できません。実際にCVODI-19に罹患したがん患者423例のコホート研究ではICI治療歴により重症化リスクが上昇する(オッズ比3.06, 95% CI 1.35-7.20)との報告もあり注意が必要です5)。一方で、COVID-19の重症化との関連を認めなかったとの報告もあり6) 7)、報告によって一貫性がない状況です。このため現状では、COVID-19の重症化リスクの危惧のため一律にICIを控えることは、がん長期コントロールの機会を失う可能性があり、望ましくないと考えられます。現時点では、医療提供体制に逼迫がない状況であればできるだけ通常通りICIによる治療を行い、患者がCOVID-19に罹患した場合の重症化リスクの可能性も念頭においておくことが現実的な対応と考えられます。また、分子標的治療薬の項でも述べたようにCOVID-19 8)と薬剤性肺障害9)は画像上鑑別が困難となる場合がありますのでこの点にも注意が必要です。 実際の診療では、主治医がICIの有益性と不利益を個別に判断することになります。また、来院によるSARS-CoV-2感染リスクも考慮し、一時的な投与の休止や投与間隔の延長10)も検討すべきです。
1) https://www.esmo.org/guidelines/cancer-patient-management-during-the-covid-19-pandemic/lung-cancer-in-the-covid-19-era
2) https://www.asco.org/sites/new-www.asco.org/files/content-files/2020-ASCO-Guide-Cancer-COVID19.pdf
3) Mehta P, et al. Lancet. 2020 Mar 28;395(10229):1033-1034.
4) Rotz SJ, et al. Pediatr Blood Cancer. 2017 Dec;64(12). doi: 10.1002/pbc.26642. Epub 2017 May 24.
5) Robilotti EV, et al. Nat Med. 2020 Jun 24. doi: 10.1038/s41591-020-0979-0. Online ahead of print.
6) Gara ssino MC, et al. Lancet Oncol. 2020 Jun 12:S1470-2045(20)30314-4.
7) Luo J, et al. Ann Oncol. 2020 Jun 16:S0923-7534(20)39894-X. doi: 10.1016/j.annonc.2020.06.007. Online ahead of print.
8) http://www.radiology.jp/member_info/news_member/20200221_01.html
9) Tie Y et al. Int J Cancer. 2017 Feb 15;140(4):948-958.
10) https://www.jsmo.or.jp/news/coronavirus-information_medical.html

6.薬物治療 ●ホルモン治療

Ⅰ. 前立腺がん

1)COVID-19が感染爆発している状況下で、前立腺がんに対するホルモン療法は行うべきでしょうか?

 転移性前立腺がん患者に対しては薬物治療を開始するべきであり、その際細胞傷害性抗腫瘍薬よりアンドロゲンレセプターを標的としたホルモン療法を優先させるべきです。グルココルチコイドの使用は最小限にすべきであり、より長期間作用するアンドロゲン除去療法の注射製剤を考慮すべきです。
[解説]
過去10年においてホルモン感受性あるいはホルモン抵抗性転移性前立腺がんに対する薬物療法は大きく進歩しましたが、細胞傷害性抗腫瘍薬とアンドロゲンレセプターを標的としたホルモン療法の適切な使用順序については現在も議論が続いています。
COVID-19が感染爆発している現状において、転移性前立腺がんに対する薬物療法の遅延等に関するデータは十分にはないので、以下の推奨については専門家の意見に基づいているものが多い点をご了承下さい1)
① 転移性前立腺がんに対する初回治療は可能な地域では遅滞なく開始されるべきです。その際、docetaxelについてはホルモン感受性2)-4)およびホルモン抵抗性転移性前立腺 がん5)の両方において生存期間の延長が証明されていますが、現状では入院治療を必 要とする可能性のある有害事象(例えば好中球減少症)は避けるべきです。これより細胞傷害性抗腫瘍薬よりアンドロゲンレセプターを標的としたホルモン療法を優先させるべきです 6)
② 2次治療、3次治療が必要な患者においては、これまで用いていないアンドロゲンレセプターを標的としたホルモン療法を優先して使用すべきです。
③ 細胞傷害性抗腫瘍薬を用いている患者においてはその投与サイクル数を最小化し、投与サイクルの間隔を延長することが望ましいと思われます。
④ アンドロゲン除去療法の注射製剤を用いる際、1か月製剤より3か月あるいは6か月製剤を用いるべきです。
⑤ グルココルチコイドを治療レジメンの一部として用いる際は、感染症のリスクが上昇することを鑑みて、その使用を最小限にすべきです。
⑥ 最新の論文[7]では、アンドロゲン除去療法を施行している前立腺癌患者では施行していない前立腺癌患者よりCOVID-19の感染のリスクが低いと報告されており、COVID-19が感染爆発している状況下で前立腺癌に対するホルモン療法の有用性を示唆しています。

1) Wallis CJD, et al. Risks from Deferring Treatment for Genitourinary Cancers: A Collaborative Review to Aid Triage and Management During the COVID-19 Pandemic. Eur Urol. (in press)., 2020
2) Sweeney CJ, et al. Chemohormonal therapy in metastatic hormone-sensitive prostate cancer. N Engl J Med. 2015;373(8):737-746.
3) James ND, et al. Addition of docetaxel, zoledronic acid, or both to first-line long-term hormone therapy in prostate cancer (STAMPEDE): survival results from an adaptive, multiarm, multistage, platform randomised controlled trial. Lancet. 2016;387(10024):1163-1177.
4) Wallis CJD, et al. Comparison of abiraterone acetate and docetaxel with androgen deprivation therapy in high-risk and metastatic hormone-naive prostate cancer: A systematic review and network meta-analysis. Euro Urol. 2018;73(6):834-844.
5) Tannock IF, et al. Docetaxel plus prednisone or mitoxantrone plus prednisone for advanced prostate cancer. N Engl J Med. 2004;351(15):1502-1512.
6) Gillessen S, et al. Advice regarding systemic therapy in patients with urological cancers during the COVID-19 pandemic. Eur Urol. 2020: 77(6):667-668.
7) Montopoli M, Zumerle S, Vettor R, et al. Androgen-deprivation therapies for prostate cancer and risk of infection by SARS-CoV-2: a population-based study (N = 4532) Ann Oncol. 2020;31(8):1040-1045.

Ⅱ. 乳がん

日本乳癌学会より作成されている「COVID-19 に伴う乳癌診療トリアージについて」をご参照下さい。

1)乳がん患者の術後補助内分泌療法は継続すべきでしょうか?

 通院あるいは電話等での処方対応により継続すべきであるが、高齢者あるいは5年以上内服経過中の症例では休薬あるいは中止も考慮されます。

2)術前内分泌療法中の乳がん患者の手術は予定通り行うべきでしょうか?

 治療が奏効している症例では、半年から1年の内分泌療法の期間の後で手術を行うことも考慮されます。

3)進行再発乳がん患者に対する内分泌療法へ分子標的療法を追加すべきでしょうか?

 治療が奏効している症例では、内分泌療法単独での治療を継続しCDK4/6阻害薬やmTOR阻害薬の追加を見合わせることも考慮されます。
http://jbcs.gr.jp/member/wp-content/uploads/2020/11/JBCS_triage20201030-3.pdf

Ⅲ. 婦人科がん

婦人科がんに関するQ&Aは日本婦人科腫瘍学会により作成されています。
さらに詳しい情報は、日本婦人科腫瘍学会のHPをご参照ください。

1)子宮内膜異型増殖症・早期子宮体がん等に対する黄体ホルモン治療において、考慮すべき事項としてどのようなことがありますか?

①子宮内膜異型増殖症ないし子宮筋層浸潤の無いIA期子宮体がん(高分化型類内膜癌)と診断し、子宮の温存を希望する患者の場合は、高用量メドロキシプロゲステロンを用いた黄体ホルモン治療を行うことが考慮されます。
COVID-19感染蔓延下の状況では、腫瘍の進行が緩徐だと予想される場合、あるいは多量の出血などの自覚症状が無い場合などは患者と相談しながら適宜受診間隔の調整を行うことも考慮されます。
②子宮内膜異型増殖症ないし子宮筋層浸潤の無いIA期子宮体がん(高分化型類内膜癌)等では、黄体ホルモン治療により病変の進行を遅らせられる可能性があります。
COVID-19感染蔓延状況によって手術待機をせざるを得ない場合は、その間に黄体ホルモン治療を行うかどうか、患者と相談しつつ考慮して下さい。
腫瘍が黄体ホルモン治療に反応することが期待できる場合には、子宮外病変があっても、主治療の延期中に黄体ホルモン治療を行える可能性もあります。

出典)
1. COVID-19 and gynecological cancer: a review of the published guidelines. Int J Gynecol Cancer 2020;0:1-10. doi:10.1136/ijgc-2020-001634
2. ESMO management and treatment adapted recommendations in the COVID-19 era: gynaecological malignancies. ESMO Open. 2020 Jul;5(Suppl 3):e000827. doi: 10.1136/esmoopen-2020-000827.

7.補助療法(輸血など)

1)輸血の適応について

 献血された血液から、SARS-CoV-2 RNAが検出された報告があります1)。しかし、SARS-CoV1とMERS-CoVが流行した際に、これらの血液媒介感染の報告はありません2)。 また、COVID-19が後に判明した患者からの輸血ではCOVID-19は発症しなかったという症例報告があります3)。現時点では、輸血による伝播の可能性は非常に低いと考えます。
感染蔓延にともなう輸血製剤の不足が懸念されています。リソースの関係から、輸血適応の制限や鉄剤などの薬物療法で対応することを考慮します。

1) Chang L, et al. Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 RNA detected in blood donations. Emerg Infect Dis. 2020;26(7):1631-1633.
2) Stramer SL. Current perspectives in transfusion-transmitted infectious diseases: emerging and re-emerging infections. ISBT Sci Ser.9,30-36. 2014.
3) Cho HJ, et al. COVID-19 transmission and blood transfusion: A case report. J Infect Public Health. 2020;13(11):1678-1679.
※日本赤十字社のHPもご参考ください( http://www.jrc.or.jp )

2)G-CSFの適応について

 前述の化学療法において一定以上の発熱性好中球減少症(Febrile neutropenia: FN)のリスクが見込まれた場合に、必要があれば使用を考慮します。
G-CSFを用いることで、FNとそれに伴う受診のリスクを軽減することが見込まれます。
一方で、ウイルス感染症に対する予防効果のエビデンスは乏しいとされています。
[推奨]
・予防的G-CSFの使用を考慮します。
・しかし、化学療法全例でルーチンに用いることは推奨しません。
※海外のガイドラインでは、通常推奨されているFNリスクが20%を超える場合以外、10%-20%の中等度リスクの化学療法を行う場合にも使用を検討してもよいとしています。

3)発熱性好中球減少症(FN)の対応について

 固形腫瘍における化学療法のみでは呼吸器ウイルス感染症のリスクは大きく上昇しないと言われています1)。一方、小児患者のFNでは呼吸器ウイルス感染症の頻度が高いと報告されています2)。SARS-CoV1、MERS-CoV流行期における報告も少ないようです。
COVID-19の流行蔓延期においては、発熱患者は常にCOVID-19が鑑別となります。それはFN患者も例外ではありません。そして、COVID-19患者において、少数ながらも他の病原体が同時に検出された例が報告されています3)。初期にFNとして発症した、好中球減少を伴うCOVID-19患者の対応においてもそのことを留意するべきです。
また、悪性腫瘍患者におけるCOVID-19は急速に悪化する可能性があります。
そのため、臨床的にCOVID-19が疑われる場合には、施設の状況に応じてウイルス検査や画像検査の閾値は下げるべきです4)
また、低リスクFNとして外来治療を行う場合には電話などによる綿密なフォローアップを行うべきです。

[推奨]
・FN患者を診察する場合にはCOVID-19の可能性を考え、各施設COVID-19対応ガイドラインに準じた予防策や十分なPPEを装着して診察を行うことを推奨します。
・FNガイドラインに準じた適切な抗菌薬治療を開始することを推奨します。
・低リスクのFN患者では外来治療を検討しても良い。その場合は、治療開始後の電話などによる適切なフォローアップを行うことを推奨します。
・事前の抗菌薬処方と電話診療による手法も検討する。その場合は、治療開始後の電話などによる適切なフォローアップを行うことを推奨します。
1) Nesher L, et al. The current spectrum of infection in cancer patients with chemotherapy related neutropenia. Infection. 42, 5-13, 2014.
2) Lindblom A, et al. Respiratory viruses, a common microbiological finding in neutropenic children with fever. J Clin Virol. 47,234-237, 2010.
3) Richardson S, et al. Presenting characteristics, comorbidities, and outcomes among 5700 patients hospitalized with COVID-19 in the New York City area. JAMA. 2020;323(20):2052-2059.
4) Cooksley T, et al. Emerging challenges in the evaluation of fever in cancer patients at risk of febrile neutropenia in the era of COVID-19: a MASCC position paper [published online ahead of print, 2020 Nov 23]. Support Care Cancer. 2020;1-10.

4)骨関連事象予防薬

乳がんにおける補助療法としてのビスホスホネート製剤:感染蔓延期においては、経口製剤への変更や製剤変更による間隔延長も検討します。
※ デノスマブについて:海外のガイドラインでは、病院外での投与を推奨していますが本邦で適応できるか不明です。

5)オピオイド

オピオイドによって免疫低下が示唆される報告があるものの十分なエビデンスではありません1)。免疫抑制の可能性を根拠に、投与の中断や新規の投与開始を踏みとどまることは推奨されません。
1) Sacerdote P. Opioid-induced immunosuppression. Curr Opin Support Palliat Care. 2, 14-18,2008.

<参考>
ASCO
https://www.asco.org/asco-coronavirus-information/care-individuals-cancer-during-covid-19
ESMO
https://www.esmo.org/guidelines/cancer-patient-management-during-the-covid-19-pandemic
NICE
https://www.nice.org.uk/guidance/conditions-and-diseases/infections/covid19
NCCN
https://www.nccn.org/covid-19/
ASBrS
https://www.breastsurgeons.org/management/practice/covid19
AHNS
https://www.ahns.info/covid-19-info/
ASH
https://www.hematology.org/covid-19 EHA
https://ehaweb.org/covid-19/

8.緩和ケア

1)外来での緩和医療について、注意することはありますか?

通常の診療と同様に、COVID-19が疑われる症例の適切な診療、管理は重要です1)。
流行期において、緩和医療目的で外来通院をされているがん患者さんについては、受診頻度を減らすこと、外来通院間隔を延長することや、電話やオンラインでの診療に切り替えることが可能かどうか症例毎に検討してください2)。
一方で、がんによる重篤な合併症を有する症例では積極的な対応が必要な場合があります。例としてESMOでは下記の様な症状を挙げています3)。
・脊髄圧迫
・切迫骨折および病的骨折
・上部、下部、胆管の消化管閉塞
・嘔気嘔吐
・急性閉塞性腎不全
・重度の呼吸困難
・血栓症および肺塞栓症
・重症の貧血、重症の血小板減少症
・症候性の胸水、心タンポナーデ、症候性の腹水
・上大静脈症候群
・症候性の脳転移
・せん妄
・在宅で管理できない癌性疼痛
・その他在宅で管理できない終末期の症状

2)COVID-19流行期のがん患者さんの支持療法についてエビデンスのある治療はありますか?

エビデンスのある支持療法はありませんが、ESMOでは貧血や下痢など症状ごとにエキスパートオピニオンを公開しています4)。

3)緩和治療中のがん患者さんを電話で診療したところ、強い不安を訴えておられました。どのように対応したらよいでしょうか?

感染防止のための外出自粛や孤独感などで、精神的なストレスを感じている患者さんもおられると思います。まずは傾聴していただき、可能であれば対面での診療に切り替えていただくのも良いかもしれません。また、厚生労働省5)や日本臨床心理士会6)による心の相談窓口の利用をご検討ください。

4)緩和医療で使用する鎮痛剤がCOVID-19を悪化させる、と聞いたのですが?

一時、イブプロフェンなどの解熱鎮痛剤がCOVID-19を増悪させる、との報道がなされました。しかしながら、現在のところこれを支持する科学的な根拠はありません(WHO、2020年4月19日時点)。がん性疼痛などの治療目的で鎮痛剤を使用される場合も、通常と同様に使用可能と考えられます7) 8)

5)がん患者さんの緩和病棟への転院を検討していますが、受け入れてもらえますか?

日本緩和医療学会が行ったアンケートでは、全国の半数以上の緩和ケア病棟で患者さんの受け入れ状況に変化があったことが明らかになりました。緩和病棟への転院の可否は、その時の状況に大きく依存すると考えられますので、確認をお願いします9)。また、ほとんどの施設でCOVID-19流行中に面会制限が行われたことも明らかとなっています。転院による影響を詳細に検討いただき、患者さんやご家族が納得できる環境を提供できる様、十分に配慮をしていただくようお願いいたします。

6)在宅での緩和医療について、注意することはありますか?

在宅で緩和医療では、往診医や訪問看護師、在宅ケアサービスなど複数機関の多職種が関わるため、感染防止策の徹底や感染状況などの情報共有が大切になります。患者さん本人だけでなく、同居の家族、医療従事者は最大限の感染防止に努めていただくだけでなく、ご自身の体調管理にも注意をお願いいたします。この他、日本在宅ケアアライアンスによる新型コロナウイルス感染対策をご参照ください10)

1) 日本環境感染学会「医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド」
http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/COVID-19_taioguide3.pdf
2) 厚生労働省「オンライン診療に関するホームページ」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/rinsyo
/index_00010.html

3) ESMO「PALLIATIVE CARE PRIORITISATION DURING THE COVID-19 CRISIS」.
https://www.esmo.org/guidelines/cancer-patient-management-during-the-covid-19-pandemic/palliative-care-in-the-covid-19-era
4) ESMO「SUPPORTIVE CARE STRATEGIES DURING THE COVID-19 PANDEMIC」
https://www.esmo.org/guidelines/cancer-patient-management-during-the-covid-19-pandemic/supportive-care-in-the-covid-19-era
5) 厚生労働省「新型コロナウイルス感染症関連SNS心の相談」
https://lifelinksns.net/
6) 日本臨床心理士会「新型コロナこころの健康相談電話」
http://www.jsccp.jp/info/infonews/detail?no=708
7) WHO「The use of non-steroidal anti-inflammatory drugs (NSAIDs) in patients with COVID-19」
https://www.who.int/news-room/commentaries/detail/the-use-of-non-ste
roidal-anti-inflammatory-drugs-(nsaids)-in-patients-with-covid-19

8) 厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(医療機関・検査機関の方向け)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fev
er_qa_00004.html#Q22

9) 日本緩和医療学会「新型コロナウイルス感染症に対 する対応に関するアンケート」
https://www.jspm-covid19.com/wp-content/uploads/2020/05/%E7%AC%AC1%E5%9B%9ECOVID-19%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E9%80%9F%E5%A0%B120200523.pdf
10) 日本在宅ケアアライアンス「在宅ケアにおける新型コロナウイルス感染対策について」
https://www.jhhca.jp/covid19/ 200622policy/

9.治療後の経過観察や通院

1)過去に化学療法や放射線治療を受けたことがあると、COVID-19の発症および重症化のリスクは高くなりますか?

現時点で、限定的な証拠が得られているのみですが、がん治療によりCOVID-19発症のリスクが上昇する可能性があります。
一方、がん患者さんがCOVID-19に感染した場合、重症化する可能性が示されています。
それは、がんの存在そのものや、がん治療がウイルスを排除することができる免疫を低下させるからだと考えられています。
最近、COVID-19感染と診断された肺癌患者において、直近3か月以内の化学療法施行歴が高い死亡リスクと関連していたと報告されています。
がん患者さんは、重要でないと思われる受診を延期できないか、調整できないか、あるいは電話再診などにできないかを主治医と相談して下さい。
ただし、COVID-19感染を心配して、がん治療を延期することは非常にむずかしい判断であり、必ず主治医と相談して決定して下さい。

リンク
https://www.cancer.net/blog/2020-04/common-questions-about-covid-19-and-cancer-answers-patients-and-survivors

10.その他

1)SARS-CoV-2の感染・増殖と免疫機構について概説して下さい。

コロナウイルスは約26~32 kbの+鎖RNA(そのままmRNAとして使用される側のRNA鎖)の一本鎖RNAをゲノムとするエンベロープウイルスです。球状ウイルスのエンベロープ表面にはスパイク(S)蛋白があり王冠(コロナ)様突起(スパイク)構造を呈します。SARS-CoV-2のスパイク蛋白は気道上皮細胞などに高発現しているアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合し、細胞表面のタンパク分解酵素(TMPRSS2)でスパイクタンパクの一部が切り取られてのちに細胞内に侵入します。
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)30229-4
細胞に感染後、+鎖ゲノムはRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)により一旦全長の-鎖ゲノムが合成され、-鎖ゲノムから同じくRdRPにより全長RNAゲノムと転写開始点の異なるmRNAが合成されます。通常ウイルス由来のRNAはRIG-IやMDA5と呼ばれる細胞内ウイルスRNAセンサーに感知され抗ウイルス活性を持つインターフェロン産生を促します。これらは自然免疫系と呼ばれています。一般的に、ほとんどのウイルスにはこの自然免疫系を抑制する機構を持っているため感染と増殖が成立します。感染局所からインターフェロンが分泌されると抗原呈示細胞、B細胞、T細胞などの免疫系細胞が活性化し獲得免疫系が働き出します。通常この獲得免疫系において感染成立からウイルス抗原を認識するIgMの産生が先行し、IgMからクラススイッチによる十分量のIgG産生までの過程にタイムラグがあり、その間にウイルスの増殖により感染が拡大します。SARS-CoV-2の場合、発症から19日後には100% (285/285)で抗体陽性となること、IgGはIgMと同時かそれほど遅れず検出され、検出後6日後にはどちらも最大値に達すると報告されています。
https://www.nature.com/articles/s41591-020-0897-1
獲得免疫系の活性化の過程でIL-1, IL-6など様々なサイトカインが分泌されます。 しかし、その量が過剰になるサイトカインストームを起こし、肺炎が重症化する可能性が示唆されています。IL-6のピーク値と肺炎の重症化の関連は明確に示されています。
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.03.30.20048058v1
また炎症に伴い、COVID-19関連凝固症候群(COVID-19-associated coagulopathy)と呼ばれる血栓症が多彩な合併症を引き起こし抗凝固療法が合併症予防に有効であることが示されてきています。

COVID-19 and its implications for thrombosis and anticoagulation - ScienceDirect

2)治療薬候補とウイルス、免疫の関連を概説して下さい。

 COVID-19の治療候補薬のとして多くの治験が多く行われています。 その主なものと考えられている作用機序を概説します。一般的にウイルス感染症の重症度は体内で増殖したウイルス量に相関します。人ではウイルスの曝露量と重症度との関連を実験的に確かめることは困難ですが、動物実験では病原性ウイルスの接種量を増やすと重症度や致死率が上がることは明白です。一方、治癒に至る過程ではウイルス中和抗体IgGが十分量に達し遊離ウイルスを攻撃し、細胞傷害性T細胞が被感染細胞を排除することで達成されます。ウイルス中和抗体や細胞傷害性T細胞が十分量になるには感染から一定期間が必要です。その間の体内で増殖する総ウイルス量を減らすことができれば軽症で治癒し、ウイルスが増殖しより多くの細胞が感染を受ければ炎症も強くなり重症化すると考えられます。 従って、COVID-19の重症化を防ぐにはウイルス増殖を抑え、免疫力を上げ炎症拡大を抑える必要があります。 がん患者の中でも特に高齢者や明らかに骨髄抑制のある患者には感染早期からウイルス増殖を抑えることが重要だと考えられますがまだ特効薬と呼べるものはありません。 デキサメタゾンは通常免疫反応を抑制するためウイルス感染症においてはウイルス増殖を促進する危険がありますが、重症化時にはデキサメタゾンが過剰な免疫反応を抑える治療が有効であることが示されてきています。

ウイルス増殖を抑える薬剤
■核酸アナログ:

核酸アナログあるいはそのプロドラッグは細胞内において、ウイルスがコードするRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)の基質として認識されRdRPを阻害しウイルス複製を抑えます。そのためコロナウイルス、インフルエンザウイルス、エボラ出血熱ウイルスなどRdRPにより複製する多くのRNAウイルスの増殖を阻害する可能性があります。

■ファビピラビル(商品名:アビガン、開発コード:T-705):

核核酸アナログのプロドラッグとして吸収され細胞内でリン酸化されることで機能を発揮します。インフルエンザウイルスの経口治療薬として富士化学工業(現:富士フィルム富山化学)が開発した日本発の薬であり条件付き製造販売承認されています。条件付きとなった理由は妊娠動物への投与で催奇形性が認められたためで妊婦への投与は禁忌とされています。新型インフルエンザ対策として200万人分が備蓄されています。藤田医科大学や国立国際医療研究センターにおける観察研究により、COVID-19に対する有効性を示唆する症例が報告されています。さらに、作用機序から考えてこの薬は感染初期に投与するのがより効果的であると考えられることから、20~74歳の重症ではないCOVID-19肺炎患者156人を対象に単盲検試験で治験が行われ、アビガンを飲んだ患者では解熱や肺機能の改善が早く、PCR検査で陰性になるまでの日数の中央値が11.9日で、偽薬を飲んだ患者より2.8日短く有効性が示唆されました。このデータを基に承認申請を行いましたが、2020年12月21日の厚生労働省の専門部会では「単盲検試験」の信頼性が問題視され、承認には至らず継続審議となっています。二重盲検法によるRCTも海外で進められておりその結果を待って判断されることになりそうです。COVID-19患者へのアビガン投与には、(1)医療機関が研究班の観察研究に参加すること、(2)患者本人の同意があること、(3)医師の判断により同薬の使用が必要となった場合に限り可能と厚労省は2020年4月27日付けの事務連絡として説明されています。
000625757.pdf (mhlw.go.jp)

■レムデシビル(開発コード:GS-5734, 米ギリアド・サイエンシズ社):

核エボラ出血熱やマールブルグウイルス感染症の静注治療薬として開発された薬剤です。2020年5月1日に米国での緊急使用許可を受け、日本では特例承認されました。次いでFDAは2020年10月22日にCOVID-19の治療薬として正式承認しています。しかし、COVID-19に対する臨床試験の結果は分かれています。湖北省での研究では237人の重症COVID-19患者へのRCTで顕著な効果は見られなかったと2020年4月29日の Lancetに公表しています。一方、2020年2月21日から米国、欧州、アジアの1063人を対象に行われたRCTの結果では、レムデシビル投与群ではプラセボ投与群での平均回復日数15日に対して11日と有意に短かったとしています。死亡率もプラセボ群の11.6%に対して8.0%と低かったとNIHから発表されています。一方、2020年11月20日WHOは重症度によらずCOVID-19患者への有効性を示す証拠はなく、COVID-19患者へ投与しないことを推奨して

核いますが、元となるデータの公表が待たれます。薬効から考えると重症化してからではなく感染早期に投与した方が有効である可能性が考えられ、投与対象やエンドポイントを考慮する必要があります。厚生労働省は「承認時に根拠にした治験のデータが否定されたわけではないうえ、有効性がないという結果でもないため、承認について見直す予定はない」としています。しかし、レムデシビルには腎障害などの副作用もあるため、レムデシビルはCOVID-19患者に広く使える特効薬ではないことは確かです。 https://www.niaid.nih.gov/news-events/nih-clinical-trial-shows-remdesivir-accelerates-recovery-advanced-covid-19
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31022-9/fulltext
WHO recommends against the use of remdesivir in COVID-19 patients

■シクレソニド(商品名オルベスコ):

核喘息に対する吸入ステロイド薬ですが、MERSに対し抗ウイルス作用を示したとのデータがあり、COVID-19の医療薬としても効果が期待されました。神奈川県立足柄上病院と愛知医大のチームが、ダイヤモンド・プリンセスから感染が判明して搬送された60~70代の男女3人に使用しました。3人は入院後、呼吸症状が徐々に悪化しましたが、シクレソニドを使用したところ、症状が改善したと会見で発表しています。そのため、 国立国際医療研究センターは、全国21施設の協力を得て、肺炎のない軽症COVID-19患者90名を対象に、シクレソニドの多施設共同RCTを実施しましたが、シクレソニドの有効性は示されず、逆に対症療法群と比べてシクレソニド吸入剤投与群の方が、有意に肺炎増悪が多かったと2020年12月23日に発表しています。

■イベルメクチン(商品名:ストロメクトール)

核ノーベル賞を受賞した大村智博士が開発した抗寄生虫薬で、放線菌が生成するアベルメクチンの化学誘導体ですが、オーストラリアのモナシュ大学から試験管内での新型コロナウイルス増殖抑制作用を報告しています。しかし、増殖抑制濃度は抗寄生虫薬として使う濃度より遙かに高い濃度で使用されており、抗ウイルス薬としての作用機序も核内輸送に関わるインポーチンの阻害という説が提唱されているものの詳細は不明です。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0166354220302011?via%3Dihub
一方、新型コロナウイルスに対する臨床試験として、3か国169の病院のCOVID-19患者1414人に対しイベルメクチン投与群(704人)と非投与群(704人)を比較した観察研究では、イベルメクチン投与群では総死亡率が低く(1.4%対8.5%)、人工呼吸器装着患者の死亡率もイベルメクチン投与群の方が低かった(7.3%対21.3%)と、プレプリントのオンライン雑誌SSRNで報告していましたが、2020年6月8日までに取り下げられました。患者の臨床データは米データ分析会社の「サージスフィア」が提供しており、同社が関わった新型コロナウイルスについての論文は取り下げが相次ぎました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60089570Y0A600C2I00000/
日本では2020年5月6日に北里大が治験を開始すると発表しており、上記論文の取り下げに関わらず、予定通り治験を進めるとしていますが、RCTの結果はまだ報告されていません。この薬は動物の抗寄生虫薬としても販売されているため一般に入手可能ですが、FDAは安易な人への投与に対して警告を発表しています。
https://www.fda.gov/animal-veterinary/product-safety-information/fda-letter-stakeholders-do-not-use-ivermectin-intended-animals-treatment-covid-19-humans.
一方、バングラディッシュのダッカでCOVID-19患者を扱う医療従事者118名を2群に分けた観察研究において、偽薬を服薬した群では60名中44名(73.4%)がCOVID-19と診断されたのに対し、予防的低用量のイベルメクチン(月12mg)を4ヶ月服薬したグループでは58名中4名(6.9%)のみがCOVID-19と診断されたとして、予防薬としての可能性が2020年12月15日発行のEuropean Journal of Medical & Health Science誌に発表されています。
https://www.ejmed.org/index.php/ejmed/article/view/599

■フサン(一般名:ナファモスタットメシル酸塩)

核蛋白分解酵素阻害剤で膵炎の治療薬として使われています。ドイツのグループが3月に類似の薬剤であるフオイパン(一般名: カモスタットメチル酸)が新型コロナウイルスはACE2に結合したのちの細胞内侵入に関わるタンパク質分解酵素(TMPRSS2)を阻害することを発表しましたが、東京大学の井上純一郎博士らのグループはナファモスタットがカモスタットの10分の1以下の濃度でウイルスの侵入過程を阻害することを見つけました。フィブリノゲンをフィブリンに分解する酵素も阻害するため、血栓を防ぐ効果もあります。また、アビガンなどと作用機序が異なるため併用効果が期待されています。東京大学は5月8日、東京大学附属病院など国内の6か所の医療施設で20歳から74歳の患者160人を対象にアビガンとフサンの併用とアビガン単独のグループに分けた臨床研究を開始したと発表されています。
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)30229-4
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00060.html

■ヒドロキシクロロキン(商品名:プラニケル、仏サノフィ社):

マラリアの治療薬で海外では全身性エリトマトーデスや関節リュウマチの治療薬としても使われています。
リン酸クロロキンがin vitroでSARS-CoV-2に対し高い抗ウイルス作用を示すことから、中国では複数の病院において臨床研究が行われ有効性が報告されました(Gao et al, Biosci Trends. 2020 Mar 16;14(1):72-73)。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32074550/
2020年3月28日にはFDAがCOVID-19入院患者への緊急使用を承認しましたが、その後の治験の多くでは明確な有効性は示せず、FDAもCOVID-19の治療薬として緊急承認を2020年6月15日に撤回しました。2020年6月20日NIHは入院患者に有益な結果をもたらす可能性は非常に低いと結論付け、臨床試験中止したと発表しました。
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.16.20065920v2

■ロピナビル/リトナビル配合剤(商品名:カレトラ、米アッヴィ社):

核ロピナビルはHIVのGag-Pol蛋白の9箇所を切断し成熟したGag蛋白群とRNA依存性DNAポリメラーゼ(いわゆるリバース トランスクリプターゼ),インテグラーゼを生成するHIV-1の生活環に必須の酵素を阻害し感染性HIV-1の産生を阻害します。リトナビルもHIVプロテアーゼ阻害剤として開発されましたが、肝臓でのCYP3A4によるロピナビルの分解を阻害するエンハンサー(ブースター)としての作用を期待して合剤として使用されています。ロピナビル/リトナビルはSARS-CoV-2のin vitro増殖抑制効果を示しタイなどで効果があったとする症例が報告され、RCTが実施されましたが効果がなかったことが発表されています。SaO2が94%以下のCOVID-19成人患者を対象に、抗HIV薬ロピナビル/リトナビルの効果を非盲検無作為化比較試験で検討しています。標準治療に加えてロピナビル/リトナビル(400mg/100mg)を1日2回、14日間経口投与するグループ(99名)と標準治療のみを実施するグループ(100名)を比較した結果、両グループ間で有意な差はなく、28日時の死亡率も同等でした(Bin Cao, et al. N Engl J Med)
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2001282

免疫力を上げる治療法
■回復者血漿療法:

核 中和抗体を含むと思われる感染症から回復した人の血漿を患者に投与する治療法で、1918年のスペイン風邪(H1N1型インフルエンザウイルス)当時にも使われた治療法です。アメリカでは2020年8月23日にFDAが緊急使用承認しており、日本でも2020年10月より国立国際医療研究センター病院 国際感染症センターで特定臨床研究「COVID-19回復者血漿を用いた治療の有効性・安全性の検討」が実施されています。免疫学的には有効な治療と考えられますが、ドナーから得られる血漿の供給量と治療薬としての安全性などから主流の治療法となるには課題もあります。

■LY-CoV555、LY-CoV016 モノクローナル抗体カクテル(商品名:banlanivima、米イーライ・リリー):

核COVID-19から回復した患者の血漿から組換え技術を用いて2種類のモノクローナル中和抗体からなる製剤(banlanivimab)が開発され65人の軽症もしくは中等症の非入院患者を対象としたRCTが行われました。プラセボ投与群では10%が入院に至ったのに対し、banlanivimab投与群では3%の入院に留まったとの結果を受け、2020年11月9日にFDAより緊急時の使用承認を得ています。対象は軽症もしくは中等症の12才以上のCOVID-19患者で65才以上、基礎疾患があるなど重症化が予想される患者となっています。しかし、酸素吸入や人工呼吸器を使用しているCOVID-19患者に対して効果はなく、むしろ悪化する可能性があり投与は認められていません。
https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/coronavirus-covid-19-update-fda-authorizes-monoclonal-antibody-treatment-covid-19

炎症、サイトカインストームを抑える治療法
■ステロイド

核武漢市のCOVID-19重症患者(ARDS)84人に対する後ろ向きコホート試験としてメチルプレドニゾロンのパルス療法をした群(50人)ではしなかった群(34人)より重症度が高かったにもかかわらず、死亡率は低かった(46%対61.8%)と報告されています。
https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2763184
その後、2020年6月17日 New England Journal Medicine誌にデキサメタゾンの投与(一日6 mg経口または静脈内投与、10日間)の有無による死亡率の差を調べた結果が掲載されました。デキサメタゾン治療群(2,104人)と標準治療群(4,321人)の比較のうち、軽症者群では有意差が見られなかったものの(17.8% vs. 14.0%; リスク比, 1.19; 95% CI, 0.91-1.55)、人工呼吸器(29.3% vs. 41.4%; リスク比, 0.64; 95% CI 0.51-0.81)や酸素吸入(23.3% vs. 26.2, リスク比, 0.82; 95% CI, 0.72-0.94)を受けていた群では28日後の死亡率が優位に低く重症者で有効であるとの結果がPreliminary Reportとして報告されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32678530/
この報告を受け、米NIHは2020年6月25日治療ガイドラインを改訂し人工呼吸器または酸素投与を要するCOVID-19患者にデキサメタゾンの使用を推奨しています。

https://www.covid19treatmentguidelines.nih.gov/whats-new/
厚労省も2020年7月17日掲載のCOVID-19診療の手引き(第2.2版)に日本国内で承認されている医薬品としてデキサメタゾンを追加掲載しました。
https://www.mhlw.go.jp/content/000650168.pdf
WHOは重症COVID-19患者へのデキサメタゾン、ハイドロコーチゾンまたはプレドニゾロンの投与を推奨しています。一方重症でないCOVID-19患者に対しては投与しないことを推奨しています。
https://www.who.int/news-room/q-a-detail/coronavirus-disease-covid-19-dexamethasone

■トシリズマブ(商品名アクテムラ)

核岸本忠三博士(大阪大学)らが発見した炎症性サイトカインIL-6の受容体に結合しIL-6の機能を阻害する抗体薬で関節リウマチの治療薬として使われています。免疫細胞の活性化には様々なサイトカインと呼ばれる物質が分泌されますが、その量が過剰になるサイトカインストーム(サイトカインの嵐)と呼ばれる状態になると、活性化した免疫細胞が正常な細胞にもダメージを与えるようになりCOVID-19の重症化に関与しているとの説が有力です。なぜサイトカインストームが起きるかはよく分かっていませんが、主要な炎症性サイトカインであるIL-6の血中濃度最大値と肺炎の重症度との間に明確な関連があることが報告されています (Russellら, Ecancermedicalscience)。中国では、この治療薬を使った複数の医師主導治験では有効性を示唆する症例報告が複数あり、既に3月からCOVID-19患者への投与が認可されています。日本では、大阪はびきの医療センターがトシリズマブを重症患者に使ったところ、2020年4月13日時点で7人中5人の症状が改善したと発表されました。その後、中等症のCOVID-19入院患者243名を対象としたRCTでは、トシリズマブ投与群(8 mg/kg)と偽薬投与群間で挿管に至るリスクや死亡リスクに有意差はなく有効性を示す事はできなかったと2020年10月21日公表のNEJMに発表されました。
https://ecancer.org/en/journal/article/1022-associations-between-immune-suppressive-and-stimulating-drugs-and-novel-covid-19-a-systematic-review-of-current-evidence/abstract
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33085857/

3)SARS-CoV-2抗体検査キット

 海外ではCellex社製「qSRAS-CoV-2 IgG/IgM Cassette Rapid Test」と、CEマーク(EU加盟国基準適合)を取得したWuhan Easy Diagnosis Biomedicine社製「COVID-19 (SARS-CoV-2) IgM/IgG Antibody Test Kit」(いずれも中国製)、ロシュ製「Elecsys Anti-SARS-CoV-2 serology test」などが認可されています。日本でも複数のキットが入手可能になっています。しかし、WHOは、抗体検査について、診断を目的として単独で用いることは推奨されず、疫学調査等で活用できる可能性を示唆しており、日本において臨床用に認可されたキットはありません。これらの検査キットは抗SARS-CoV-2 IgG抗体とIgM抗体を検出するもので、15分程度で結果が得られます。疫学的調査や研究での利用に有用であり、実際、ニュ-ヨークや日本でも東京、大阪など一部の地域での抗体陽性率の把握に利用されています。一方、抗体検査が陽性になれば社会活動をしても良いとするいわゆる“パスポート”の発行も一部では論じられていますが、個人レベルでの診断や結果の解釈には注意が必要です。感染初期には検出されないことがあるほか、これらのキットで検出される抗体にはウイルスの増殖を抑える中和抗体以外にも役に立たない抗体や、デング熱とジカ熱などで知られているように近縁のウイルス感染を促進する抗体も想定されます。また、SARS-CoV-2以外のコロナウイルス抗体も検出される可能性があります。またキット間での性能にもばらつきが報告されており異なるキットを用いた結果の解釈には注意が必要です。
https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/coronavirus-covid-19-update-serological-tests
https://www.fda.gov/medical-devices/letters-health-care-providers/important-information-use-serological-antibody-tests-covid-19-letter-health-care-providers
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00132.html
SARS-CoV-2の免疫持続期間は今後の流行動態を左右する重要な因子であると報告されています。通常の感冒を引き起こすSARS-CoV-2と同じbetacoronavirusに属するコロナウイルスOC43やHKU1では免疫持続期間は40週程度と推定されており、毎年冬季に流行します。
https://science.sciencemag.org/content/early/2020/05/11/science.abb5793.full
SARS-CoV-2については、COVID-19治癒後の患者3万人以上の血液を調べた結果、スパイク蛋白に対する中和抗体が少なくとも感染から5ヶ月後も維持されていたと2020年12月4日号のScience誌に報告されました。また25人を対象にした詳細な解析では感染8か月後でもスパイク蛋白およびヌクレオカプシドに対するメモリーB細胞と検出可能な中和抗体が維持されていることが2020年12月20日付けのScience Immunologyで報告されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33115920/
https://immunology.sciencemag.org/content/5/54/eabf8891

4)SARS-CoV-2の抗原検査キットは診断に有効でしょうか?

複数の会社が抗原検査キットを開発していますが、日本ではみらかホールディングスの連結子会社である富士レビオ株式会社が開発した鼻咽頭ぬぐい液を検体とするキット(商品名:エスプラインSARS-CoV-2)が承認され、中医協で保険適用の検査費が6000円と定められました。複数の抗体による抗原を捕捉し酵素反応による発色とイムノクロマトグラフィーにより反応開始から30分以内に判定が可能です。添付文書には国内臨床検体を用いた試験と行政検査検体を用いた試験の2つの結果が記載されており、RT-PCR法との陽性一致率はそれぞれ、37%(10/27例)と67%(16/24例)と書かれています。陰性一致率はそれぞれ98%(44/45例)と100%(100/100例)と書かれています。このように、PCR法に比べ感度は落ちますが、迅速性において優れており、陽性であれば診断に直結できるメリットがあります。当初、陰性の場合はPCR法による確定診断が必要とされていましたが、その後の調査で発症後9日目以内ではPCR法に近い一致率が得られることが分かり、2020年6月16日からは陰性の場合も確定診断とすることが可能になりました。2020年6月19日には同じく富士レビオより唾液を検体とするキット(商品名:ルミパルス SARS-CoV-2 Ag)が承認されました。このキットは、発光試薬を用いることで感度が高く偽陰性が少ないため、発症から9日目以内の患者の唾液を用いて陽性、陰性いずれの場合でも確定診断として利用できます。2020年6月25日には保険適用(6000円)されました。全国の病院などに約800台設置されている自動検査装置「ルミパルス G1200」および「ルミパルスG600II」でこの試薬が使え、みらかホールディングスの連結子会社であるSRLにより受託検査も開始されました。
https://www.fujirebio.co.jp/products/espline/sars-cov-2/index.html
https://japan.zdnet.com/release/30452806/

5)SARS-CoV-2ワクチンについて

ワクチンには不活化ワクチンあるいはスパイク蛋白を抗原とするものがあり、後者はスパイク蛋白そのものを接種するもの、スパイク蛋白に翻訳されるmRNAを接種するもの、スパイク蛋白をコードするDNAをプラスミドまたはアデノウイルスベクターに取り込ませて摂取するものに分けられます。日本が輸入を予定しているワクチンの内、これまでに、米国ファイザー社とドイツのビオンテック社が共同開発したワクチンとモデルナ社が開発したワクチンがFDAより緊急使用の許可を受け2020年12月より接種が開始されています。これらのワクチンはSARS-CoV-2のスパイク蛋白をコードするmRNAワクチンです。またmRNA自身にTLR7などを介したアジュバント効果が期待されるため、これまでのワクチンと異なりアジュバントは含まれていません。ファイザー・ビオンテック社のワクチンは21日、モデルナ社のワクチンは28日間隔を空けて、2回接種することで抗体価を上げます。接種後7日以降あるいは14日以降のCOVID-19発症予防に対する有効性が中間発表されており、いずれも約95%前後と高い有効性が示され、米国FDAの緊急使用承認を受けすでに接種が開始されています。今後、中長期の有効性や安全性などの確認が必要です。SARS-CoV-2感染者でも感染6ヶ月以降から再感染者の報告が多数報告されるようになっており、長期の予防効果はまだ不明です。
mRNAは分解されやすいため低温での保管が必要なこと、特にファイザー・ビオンテック社のワクチンは-80℃で輸送、長期保存する必要があります。また解凍後、冷蔵庫内(4-8℃)での保管期間もファイザー・ビオンテック社のワクチンは5日間、モデルナ社のワクチンが30日間保存出来るとされています。 安全性については、接種直後のアナフィラキシーショックやアレルギー反応が接種の開始されたイギリス、アメリカで報告されています。ファイザー・ビオンテック社のワクチンでは100万回に13回、モデルナ社のワクチンでは100万回に2.5回の割合でアナフィラキシーを生じたと報告されています。英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)は、過去にワクチン接種で重大なアレルギー反応が現れたことのある人は接種しないよう勧告しています。
英オックスフォード大学とアストラゼネカ社が共同開発しているアデノウイルスベクターワクチンも2020年12月末に英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)により緊急承認され、すでに接種が開始されています。このワクチンは前者2つとは異なり、チンパンジーの風邪ウイルス(アデノウイルス)ベクターにSARS-CoV-2のスパイクタンパク質の遺伝子を組み込んだもので、比較的安価に大量生産でき冷蔵庫(2~8℃)で保管できるなどのメリットがあります。治験での有効性は平均70%とmRNAワクチンよりは低めでしたが、間違って初回に1/2量を投与した群では90%の効果があり、現在追加の治験が実施されしています。 https://www.anaphylaxis.org.uk/2020/12/10/mhra-statement-on-guidance-to-vaccination-centres-on-managing-allergic-reactions-following-covid-19-vaccination/
ロシアは第3相試験なしに世界に先駆けて2020年8月にワクチン(スプートニクV)を承認したことが問題視されていますが、1回目と2回目で異なる型のヒトアデノウイルスベクターを用いることでアデノウイルス蛋白に対する免疫反応を抑えるよう工夫されており91.4%の有効性を発表しています。中国ではシノファーム社の不活化ワクチンの治験を進め、UAE、バーレーンで86.1%の有効性が示され緊急使用が承認される一方、ペルーでは被験者の一人に神経症状が現れ治験が中断されています。日本ではアンジェス社がプラスミドDNAを使ったワクチンの第2/3相試験を2020年12月に、塩野義製薬が精製たんぱく質を抗原としたワクチンの第1/2相試験を2020年12月に開始しています。

6)SARS-CoV-2の変異について

 SARS-CoV-2はゲノムサイズ29.9kbのうち平均して一月に2か所くらいの変異が起きています。多くの変異は感染力や病原性に影響を与えることはありませんが、感染拡大が続くと確率的に免疫回避や伝播力の高い適応変異が現れる可能性が増加します。日本ではスパイク蛋白のD614G変異株が主に流行しています。約100種類のスパイク領域の変異株の感染力と中和抗体に対する反応性を比較した結果、D614G変異は元株に比べ感染力が上がっていることが2020年9月号のCELL誌に報告されています。また、N234Q, L452R, A475V, V483Aなどの変異はいくつかのモノクローナル抗体に対する反応性が低くなると報告されています。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32730807/ 一方2020年9月21日までの変異の解析結果では、ほとんどの変異はAPOBECなどによるRNA-editingの結果で明らかに感染力の高い変異は同定できなかったと2020年11月25日号のNature Communications誌に報告されています。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33239633/ その後、COG-UK Consortiumによるの査読前の発表によると2020イギリスのケント州で流行が拡大中のB.1.1.7と呼ばれる変異株には通常より多い変異が見られ特にスパイク蛋白内に多くの変異が見つかっています。2020年9月に初めて同定されたB.1.1.7変異株はその後平均的な変異を蓄積しており、B.1.1.7で見られる変異は、人での伝播性を増した適応変異の可能性が示唆されています。スパイク蛋白内のN501Y変異はヒトやマウスのACE2への親和性が増していることが示されています。del69-70の欠失変異はヒトでの免疫反応に関連している可能性が論じられています。P681Hはフリン切断部位近傍に位置しています。 https://www.cogconsortium.uk/news_item/update-on-new-sars-cov-2-variant-and-how-cog-uk-tracks-emerging-mutations/ Preliminary genomic characterisation of an emergent SARS-CoV-2 lineage in the UK defined by a novel set of spike mutations - SARS-CoV-2 coronavirus / nCoV-2019 Genomic Epidemiology - Virological 南アフリカやブラジルではスパイク蛋白内のE484K変異株が流行しており、人での伝播性が増していることが示唆されています。一方、これらの変異株で病原性が増加しているという証拠は今のところ報告されていません。日本で見つかる変異のモニタリングは国立感染研究所が行っており結果を報告しています。 https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/10084-covid19-28.html

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新型コロナウイルス感染症とがん診療について:医療従事者向け Q&A【3】

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