日本癌学会・日本対がん協会主催 第22回日本癌学会市民公開講座 講演4「がん予防法とがん検診―大腸がんを中心に―」
松田 一夫 先生(福井県健康管理協会県民健康センター所長)
日本人で死亡が最も増えている大腸がん
最近、米女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝性乳がんのため乳房を予防的に切除したことが話題になりましたが、がんの中で遺伝するものはどのくらいあるのでしょうか。 実はごく一部、5%程度といわれています。 残るがんは、その人の環境や生活習慣の中でできているのです。
今、日本人でがん死亡率が増え続けているのは、肺がんと並んで男女ともに大腸がんです。 大腸がんによる死亡率は男性では肺がん、胃がんに次いで第3位、女性では第1位で、1980年頃に比べて男性で3.1倍、女性で2.8倍。2010年は計約4万5,000人が命を落としました。
この原因は何でしょうか。 従来、日本人における大腸がん増加の原因は食生活の欧米化にあると説明されてきましたが、米国では大腸がん死亡率は着実に低下しています。 世界保健機関(WHO)の統計を見ても、世界中で大腸がん死亡率が上昇しているのは日本ぐらいです。 日本では大腸がん対策がほとんど講じられてこなかったためでしょう。
国立がん研究センター(東京都)の研究によると、大腸がんになる原因として最も確実とされるのは飲酒、肥満、運動不足の3つです。 赤身の肉を食べると大腸がんリスクが上昇するといわれますが、大腸がんになるほど大量の肉を食べている日本人はそうはいません。
ほかに大腸がんのリスクとして重要なのが加齢と糖尿病です。 特に糖尿病は、糖尿病でない人と比べて肝臓がんになるリスクが1.97倍、膵臓(すいぞう)がんになるリスクが1.85倍、大腸がんになるリスクが1.4倍になることが日本糖尿病学会と日本癌学会の調査で分かっています。 糖尿病のリスクになる要因は生活習慣と加齢。 つまり、がんや糖尿病になるリスクは誰にでもあり、日頃から誰もが病気の兆候をチェックすることが重要になるのです。
過剰診断はしない―がん検診がこう変わった!
がんは、早期発見すれば今やほぼ100%治すことができる病気です。 さらに大腸がんは、進行してもリンパ節に転移していても、治る可能性が高いとされています。 また、発見が早いほど治療選択肢も多く、痛みや負担の少ない治療で治せます。
そのために重要なのががん検診ですが、そもそも検査と検診の違いは何でしょうか。
検査は、痛みや出血などの自覚症状があるときに詳しく調べるもので、原因が分かるまで徹底的に行います。 一方の検診は、基本的に症状がない大勢の人に対して、安く簡単な方法でふるいにかけるものです。 ここで異常が疑われれば検査で詳しく調べるのです(図1)。
がんの専門家はこれまで、がん検診を受ければがん死亡が減る、治療費は安く済み、生活の質も変わらないなどと利点を強調してきました。 しかし、現実にはがん検診による不利益もあります。 放射線被ばくや検診中の事故のほか、見逃しによるがん発見の遅れ、そして、命に別状のないがんを過剰診断したり、がんがないのに「要精密検査(要精検)」と通知し、皆さんを不安にさせたりしてしまうことです(図2)。
過剰診断といえば、韓国人女性における甲状腺がんの問題が有名です。 最近の論文では、韓国では年間約3万人が甲状腺がんと診断されているのに対し、甲状腺がんで死亡している方は300人もいないことが指摘されました。 乳がん検診のついでに超音波で甲状腺も診るためこのような過剰診断が起こるのだそうですが、命取りにならないがんを見つける検診は意味がないのです。
米国でも、乳がんや前立腺がん、肺がんの検診で過剰診断が報告されています。 この研究では、甲状腺やメラノーマ(悪性黒色腫=皮膚がんの一種)に対するがん検診は死亡率を減らさずに無意味であること、死亡率の低下に最も貢献する検診は大腸がんと子宮頸(けい)がんへの検診であることも明らかにされました。
大腸がん検診や子宮頸がん検診は、がん死亡率を減らすだけでなく、全がん病変(腺腫や異形成)を切除することでそのがんになるリスクをも減らします。 これが、がんの専門家が大腸がん検診を勧める理由なのです。
要精検の通知を受け取ったら、それだけで死の不安にさいなまれる人も多いでしょう。 精密検査で問題なしとされたとしても、精神的苦痛を受けたと怒る人もいるかもしれません。
そのため、今ではがん検診で片っ端から要精検の通知を出すことはしなくなりました。 がんを見逃さないよう検診の精度を上げるのと同時に、要精検とする割合をできるだけ低く抑えるようになったのです。
こうした状況の中でがんの見逃しを防ぐには、毎年繰り返し検診を受けていただくことが必要です。 そうすれば、約8割の大腸がんを発見することができます(図3)。 残る2割は見つけられないのですが、大腸がん検診を受けていた患者さんでは、検診を受けたことのない患者さんより、診断後の生存率がはるかに優れることが分かっています。
だから、大腸がん検診は必ず受けていただきたいし、要精検とされたら必ず精密検査を受けていただきたいのです。 検診で便潜血陰性でも、症状があれば積極的に精密検査を受けることも重要になります。
検便で大腸がんを「見逃されない」コツは?
便潜血検査(検便)には、正しい便の採取法があります。 まず2日間採ること、そして棒を便に突き刺すのではなく、表面をこするように採取することです。採った便は必ず冷蔵庫に保管します。 冷蔵庫に便を入れるのは抵抗があるかもしれません。 しかし、便の中の血液は温度が4度なら数日間そのままの量が残っていますが、室温環境では徐々に減ってしまうのです(図4)。
便潜血検査はヒトの血液の有無しか調べません。 食物の影響はありませんし、痔(じ)で陽性になることもありません。 便に血液が混ざっていたら必ず大腸がんと決まった訳ではありませんが、陽性反応が出た方の大体5%で大腸がんが見つかっています。
便潜血より内視鏡で診た方が検診として優れるのではないかという考えもあり、日本でも検証が進んでいます。 その結論が出るまでは、症状がなければ内視鏡検査はお勧めしません。 国民生活基礎調査によると、日本人の大腸がん検診受診率は約25%、米国人の半分以下しかありません。 年に一度は便潜血検査を受け、異常があれば内視鏡検査を受けること。 これを心がければ、大腸がんで死亡する可能性は非常に低くなるでしょう。
検診と同時に重要なのが、がんにならない生活です。 がん予防に最も良いのは、まず禁煙。 そして節酒と肥満対策、運動と糖尿病対策です。糖尿病を予防する生活を送ればがんも予防できます。 生活習慣でがんを含めた多くの病気のリスクを少なくした上で、検診で早く発見していただきたい。 女性は20歳から2年に1回の子宮頸がん検診を、40歳になったら男女とも毎年胃・大腸・肺がん検診を、2年に1回の乳がん検診を受けることが重要です(図5)。
(企画・制作:あなたの健康百科)